2014年10月19日日曜日

書評:小林芳樹編訳『ラカン 患者との対話』(2014)

ラカンといえば、一昔まえには、「小難しい理論を並べるわりには臨床で何をやっているのか見えてこない」、というのが批判の対象ともなったものだ。その背景には、『エクリ』出版当時から“構造主義の思想家”に祀り上げられたラカンが、長らくのあいだ哲学思想/文化批評の文脈でのみ受け入れられてきた、という事情もあるだろう。その点、振り返ってみれば、読者のほうがスタートでそもそも躓いていたとも言える。ラカン自身は常に分析家に向けて、つまり臨床家に向けて語っていたのだから、小難しい理論は最初から実践の話として聞くべきだった。しかし、それでも相変わらずラカンに文句を言いたくなることがひとつあるとすれば、彼はあまりに自身の臨床経験について語ることが少なかった、ということだ。その稀有な例外のひとつが「ジェラール症例」である。

この症例記録については、僕も、ものの本での言及をつうじて存在だけは知っていたが、実際に確認するまでには至っていなかった。このたび小林氏による翻訳と充実した解説つきで日本語として読めるようになったわけで、率直に言ってこれは、日本のラカン研究にとってかなり大きな前進である。というわけで、記念の意もこめて、読みながら考えたことをちょっとだけメモっておく。
「ジェラール症例」がついに!

「ジェラール症例」。一九七六年にラカンがサンタンヌ病院での臨床提示で行なった、患者とのインタビューの記録である。この臨床提示というやつは、僕もパリにいたあいだに何度か出席したが、もし当時と今とで大きく変化がないのであれば、だいたいこんな感じを想像すればよいのではないか。病院内のちょっと広めの部屋、おそらく研究会などで使用するような部屋の一角に、二つ椅子が向かい合って、しかし適度な距離をあけて並べてある。そこはいわばステージで、それを取り巻くように参加者用の椅子が十分な量、並べてある。二つの椅子には、それぞれ分析家と患者が腰をかけ、簡単な問いかけから出発し対話を繰り広げていく。おそらくそうした決まりなのではないかと思うが、ここで話を聞く側の分析家は患者の主治医というわけではない。だから著者も指摘しているように、この場で「転移」は問題になりにくいだろう。しかし、アンドレ・ブルイエが描いたあのシャルコーの劇的で催眠的な「臨床提示」のことを思い出すなら、転移を無効にするこのずらしは、意図的にデザインされているのかもしれない。

というわけで、聴衆としては、ある意味、舞台のうえで繰り広げられる対話のガチンコ対決を見守るような具合である。さて、ご存知のようにラカンの生まれは一九〇一年であるから、この面接の当時、既に七五歳。達人のようなカリスマを醸し出していたに違いないと想像される。実際、本書で克明に伝えられるラカンの話ぷりからは、何だろう、組み手でもやっているかのごとく、患者のことばを受け、ときに押しとどめ、ときに払いながら、自分からも相手を攻めつ、崩しつするさまが感じ取られる。あるいは別の比喩をつかうなら、それは一種の触診のごとくでもある。患者のことばに張り付いて、丹念になぞり、柔らかいところ、形のないところを押さえて、固くなっている部分を確かめる。こうした話し方は、明らかに、巷のカウンセリング教科書で言われるような受容的な態度などとは一線を画すものだ。読者にとっては、まずこの妙味をあじわうだけでも十分に得るものがある。

サントーム
著者が第三幕でまとめていることでもあるが、ひょっとしたら、この決闘的な(とはいえ想像的ではない)対話は、輪郭を失って溢れ出さんとする精神病的な言語と対峙するための、特別な技法として見るべきものかもしれない。ただ、そのように言うと、神経症的な言語との違いを強調することにもなるだろう。たとえば、じゃあ、ラカンは神経症者とはどんな風にしゃべったのか、あるいはしゃべらなかったのか、ということも気になりはじめる。ところでその一方、この症例提示を読むうえで踏まえておくべき重要なことのひとつは、まさにこの七五歳の老境に達して、ラカンが新たな精神病理構造論を練り上げつつあった、ということである。いわゆる「サントーム」概念として知られるものだ。本書ではこの概念の導入は、おおむね、神経症とは一線を画す「精神病」圏の病理構造の変容という文脈に位置づけられているが、他方、一説には、この概念を通じてラカンは、神経症と精神病を厳密に区別していた父性隠喩的構造から、それを一歩外に引いて捉えることのできる包括的構造論へと移りつつあったとする見かたもある。もっと大胆に単純化して言えば、神経症と精神病の両者をサントームのロジックに同時に従属させるような理論的展望が拓けつつあった、ということだ。こうしたことを踏まえるなら、ここでの「精神病的」という特徴をどのように理解するかは、もう少し複雑な話となってくるだろう。サントーム概念の導入以降も、理論のレベルで神経症/精神病の構造的差異は維持されるのか、それとも別のレベルでの語りが可能となったのか。この問題は特に「父の名」をいかに特権化するか、しないかという、現代ラカン派の未決問題と直結してくるところでもある。

新たな時代の新たな精神病?
ともかく確かなのは、まさにこの時代にラカンは精神病理の新たな把握を必要としていた、ということだ。これを、果たして著者の言うように、時代が変わり社会が変わり病理の実質が変わったので、それに実践的に対応する必要が生まれた、という見かたで割り切ってよいかどうかについては、僕はまだ留保しておきたい。たしかにこの時代には何かが起きていた。そうは思うのだが、では何が起こっていたのかという問いは、七〇年以降の現代史(もしかすると「挫折の現代」史)にとってあまりに重要であり、慎重に考えたいところである。いずれにせよ、本書にその良い手掛りがあるだろうことは疑いない。きれいに整理するとまではいかないが、気になるところをつらつら見ながら、“新たな精神病”と“古い精神病”の違いという論点について考えてみよう。

さて、まず確認だが、この二つの精神病の違いを強調しているのはラカンそのひとである。ただし、それが新旧の違いであるかは、ラカンの言をみても微妙なところではある。さしあたり「古典的精神病」、「フロイト的精神病」を、旧型精神病と受け取っておくことにしよう。その際、その臨床記述の面で引き合いに出されているのがフィリップ・シャスランだという事実は、この両者の差異が横たわる時間的スパンを、少なくとも五〇年くらい引き伸ばすこととなる。「時代の変化」ということを考えようとするなら、もう少し大きな流れを見据える必要があるかもしれない。

しかしそもそも「ジェラール症例」を読むだけで、二つの差はそれほど一目瞭然なのだろうか。ラカンがそう言ってるのに、臨床家でもない自分が異議申し立てするのは不遜きわまりないことではあるが、一見すると、ジェラールにふりかかる多くのことは、たとえば、シャスランの時代のひとであるシュレーバーとの比較によってもある程度、理解してしまえるのではとも思われるのだ。もちろん本書の解説では、理論的にこの部分、ちゃんと解決がついている。古い精神病においては、押し寄せる言葉への対抗策が妄想という無意識的プロセスを通じて行なわれるのに対して、新しい精神病における対抗策では、意識の内省的プロセスが問題となる、というのだ。つまり、内省的活動が自律性を残しつつ、狂気の圧倒に対抗してしのぎを削っているという図式である。ただその場合にも、この二つのタイプを、同じひとつの精神病の経過のふたつの段階と見る見かたも、可能といえば可能ではないか。うーん、なんだか一九世紀以来の古典的な問いを繰り返しているようでもある。精神科の専門家の方にそのうちちゃんとした整理をお願いしたいところだ。

さて、そのような内省型精神病が新たに実在しはじめたものであるかどうか、それがいつからか、などは扱いにくい問題だが、少なくとも、一九七〇年代にそれが精神病理学的な関心の対象になりはじめた、ということは確実に言えそうだ。ブランケンブルクの『自明性の喪失』(1970)も、ラカンと並んでその有力な証左であるといえよう。この認識論的変化という水準に関しては、より一般的に見て、次の二点を確認することができるのではないか。

第一に、「狂気の圧倒」というものを潜在的なものとして捉えること。つまり当人の自己や歴史に対して狂気の位置がいっそうエピソード的なものとなること。徹底的狂気に陥るすんでの可能性のところに患者が立ちはじめること。そのためむしろ激昂や痴呆よりも、不安が治療的関心の中心を占めるようになること。また、翻ってみれば当人にとっても狂気に対して一定の距離が取れるようになるということ。こうしたことは実際のところ、精神病(統合失調症)の「軽症化」という文脈を作っていることでもあろう。精神薬理や予防的介入などの現代臨床の問題やらとの関連も考えられる。また近年ラカン派精神分析が議論する「普通精神病」論と直接に関わってくる論点でもあろう。

第二に、まさにその裏面であるが、「意識」や「内省」といった活動に、新たな価値が与えられるようになると思われる。すなわちそこには、かつて「妄想」や「狂気」に由来していた生産性が、今度は狂気に対抗する「自己」の生産性として移し変えられているように思われる。このところに、ジョイスが開始し、ジェラールが当然のように受け継いでいる、“現代社会”的昇華の特徴もあるだろう。創作物や思想、知的生産を、ひとつのサントームとして、病理的なものによる裏打ちを通じて肯定する社会。いわば、狂気にすっかりとりつかれるのではなしに、自己が狂気とある種の契約を交わし、そこから何かを引き出す社会。さらに話を大きくすれば、この生産と内省のカップリングは、まさに知的かつ霊的な労働が、産業的にも社会的にも主観的にも「自己」の核を形成する時代と相関している、とも言えるかもしれない。

まだすっきりとまとまってはいないが、とにかく、おそらくここのところに、先ほど述べた七〇年前後の云々ということを考える出発点のいくつかがありそうだ。しかしともかくは、また自分なりに「サントーム」論を、あとジョイスを(!)読み直してから、改めて考えることとしよう。

5 件のコメント:

  1. さーせん、訳者を直で知ってますが素を知るとツッコミ満載かと思います。
    根こそぎ性悪とか無能とは言いませんが、あえて言うなら訳者にとって「まだ精神分析が発展途上」な状態だから解説やら色々と未熟だと考えると楽かと。
    私はラカンよりフランソワーズドルトの方が読みやすいです、女性ってのもあるし親しみやすい文章の流れですからね。

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    1. コメントありがとうございます。お見受けするに臨床家の方でいらっしゃるのですね。精神分析の臨床の発展は本当に奥が深そうに思います。ドルトの精神分析、私はこれまで本格的に読んだことはありませんでしたが、お勧めということで、また機会を見つけて読んでみたいと思います。

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  2. ラカンに憧れた?バタイユ擬きに、精神分析治療も、医師免許さえ持つ資格ありません。ご自身の精神病治療されることが、先決かと判断しますが、生まれつきのサイコパスでしたら?、治しようもなく絶望的です。臨床には全く向かず、人間として資質が問われるか、相当頭と精神を病んだ方が、ご自身の人生の為にのみ、本を書かれるべきで、解説からして何が説明したいのか、さっぱり理解しかねるのは、頭が相当悪くて?イカれている為か、文章力が無さすぎることによる、著者として最大の悲劇だからでしょう。臨床で患者さまを殺すのを、未然に防ぐ為には、語学や人間に対する敬意と、ご自分の過失を素直に認め、生涯を嘘で塗りかためないで、人を操る小細工や稚拙な行為をやめ、著者自らがジェラールであるように、懺悔と更正の日々に捧げるべきですね。

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    1. コメントありがとうございます。語学や人間に対する敬意を持つこと、また自分自身がジェラールであるようにとの示唆など、大変に重要なテーマのように思います。フランスの分析家モード・マノーニが、治療者の資質として、「患者に同一化する力」をあげていたことなど思い出しました。

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  3. まあ…
    正直、訳者である彼が多くの人間から嫌われていて、存在を疑問視されていることも知っています。
    確かに巻末にある、自分の意見は飾り付けでしょう。
    人間として見てしまうと、訳者は欺瞞と傲慢さに満ちた劣等感の塊です。キャラクターも気取った時と職員等に見せる態度と別人だし、自分の経歴を誇示しまくります。パリにも多くの貧困者がいて、彼らの税金で学んだ事を、ブランドの様に。
    訳者にこそ、本来的な「精神分析治療が必要」だという意見は、最もでしょう。
    なら、彼を受け入れたパリ大学にも大きな責任があります。
    某細胞発見女性と同じように、全てを訳者だけ責めるには、パリ大学や関係者も余りにも無責任でしょう。

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